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2019年5月9日木曜日

びわ湖ホール声楽アンサンブル:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019

メインロビー
おなじみアンサンブルのみなさん。

これが今年の私のこの音楽祭でのラスト。
楽しいプログラムをたくさん聴かせていただいて、帰り道ずっと口ずさんでいました。
オーディションを勝ち抜いて全国から集まってきた若い皆さんの前途に幸あれ!
そしてこういう音楽を身近に聴けることに感謝。
大津市にもありがとう。

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ホール前の売店に売ってた "ドビュッシーの愛した焼きりんご"
家に持って帰ってレンジで温めて食べました。おいしかったよ!

2019年5月7日火曜日

ピアノ:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
金子三勇士:ピアノ

早々に売り切れてたチケット。
あきらめきれず次の日にもういちど見たらキャンセルが出たのか空きをみつけて聴くことができました。

そして最初から ラ・カンパネラ。
どんなカンパネラだろうと楽しみにしてました。
…ドカーン!
ああ、なんて素敵!もう胸いっぱい。この一曲で充分堪能したワと思えたよ。
なのにまだまだ続くプログラム。
愛の夢 もこれまたこんなの初めて聴いたよ、っていう 愛の夢。
自由に弾いて、それがこんなに素晴らしいっていいなあ!

売れっ子有名人の金子さんはおしゃべりも楽しくて、贅沢な時間でした。

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譲位に伴う一連の儀式を見て…
厳かな儀式の数々

陛下のお言葉…
「この身に負った重責を思うと粛然たる思い…」
そんなふうに思っておられる陛下のお気持ちにこちらも粛然とします。
ほんとうになんていうことでしょう。

2019年5月5日日曜日

バリトン:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
大西宇宙:バリトン
筈井美貴:ピアノ

大西宇宙:バリトン
筈井美貴:ピアノ
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019

ここでもまた弱音に大感動。
囁きなんていう言葉よりももっと小さな響き。
なのに言葉のひとつひとつ、音節のひとうひとつがはっきりわかる。

でも大きな音にもびっくり。
大きく豪華に鳴るピアノと匹敵する朗々としたバリトンの声。
どんなに楽器が大きな響きを出しても、人の声にはかなわないんじゃないかと思ったよ。
数値では違うのかもしれないけど、私の頭にズンと響くのは声の方だ。
少なくとも彼の声はそう。

大西さんの日本語の歌に心揺さぶられたけど、その次のアメリカの曲では彼がアメリカ人に見えたよ。
…って伝えたくてサイン会へ。

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キリスト教団体が天皇代替わりの一連の儀式を政教分離違反と主張しているというニュースをチラリと見て・・・。

私は宗教を持ってない。
私の知ってる宗教は、キリスト教/ユダヤ教/イスラム教…など。

私の感覚では仏教は宗教というより哲学。
学問として学ぶより以前から身のまわりにあった哲学。

神道は…子供のころから慣れ親しんでいる日常のしきたりのようなもの。
同じように身のまわりにあった哲学的仏教と自然に混じり合って混然一体となって自分の内・外にある。

宗教が自分の生活/倫理観の指針になるものだとするなら、私は物心ついた時から身近にあった仏教と神道が混然一体となった "それ" が自分の中の 神さま になったんだと思う。

日本人がみんなそうではないというのはわかってるけど、代替わりの一連の儀式をニュースを見てああ日本人で良かったなあと心から思います。
・・・というのは他の誰かにとって心ない言葉になる?

2019年5月3日金曜日

チェロ:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
佐藤晴真:チェロ
薗田奈緒子:ピアノ

今回の音楽祭のテーマは "神よ、平和を与えたまえ"
これをどう感じてどう解釈するかは人それぞれ。
いろんな考え方を知るのも面白い。

この公演では、シュニトケとベートーベンを聴きました。
一番の感動ポイントははシュニトケの演奏が終わったあとに時間が止まったこと。
奏者ふたりが空間の中でピタッと静止。
微動だにせずもしかしたら息もしていなかったかもと思われる止まった時間。
数分…いやまさか。数十秒…たぶんホントは数秒だったのかも。
音楽が終わり、時間が止まり、世界が止まった。

思い出すだけで…ぶるっとする。

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雅子皇后さまの笑顔がテレビで見れてうれしいな。
雅子皇后ってオリジナリティある人だなあってなんとなく。
どうぞこれから存分にいろんなことをやって頂けたらいいな。



2019年5月1日水曜日

オンド・マルトノ:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019


滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
原田 節:オンド・マルトノ
中野翔太:ピアノ

オンド・マルトノって?聴いてみたい!
って思って申込んだ公演。

舞台に設置された大きくて不思議な装置の数々にびっくり。
初めてみたオンド・マルトノ

模様入りのスーツで出てきた奏者が不思議な形のスピーカーに囲まれたキーボードの前に座る姿は…坂元龍一みたい。
オルガンノようなシンセサイザーのような、そのふたつが合体したような…そんなふうに思ったよ。

バッハの時に感じた宇宙感。
これはオルガンではなくてオンド・マルトノだからこその感覚のような気がする。
いや…奏者によるのか?

そしてそして、もう本当に素晴らしかったピアノ!
あんな弱音をあんな音であんなに長い時間鳴らし続けるなんて!

ああ小さな音!小さい音!小さいけどしっかりした音!小さくて主張のある音!
小さい音大好き!小さい音ばんざい!
・・・ってピアニストに伝えたくて、サイン会の列に並びました。

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天皇陛下の譲位、改元のニュースを見て・・・
皇居宮殿の松の間、陛下が立たれる壇上(?)、そして儀式のシンプルさが美しい。

あれ…?シンプルって言葉…日本語だとなんだろう?
シンプル=簡素、だとこの場合はぜんぜん違う。
清潔、厳粛、静か、高潔、誠実…いろんな意味を持っている気がする。
一言であらわす言葉はなんだろう?

なんにせよ自分が日本人であることが誇らしくうれしい気持ちになる。
昨日の上皇、上皇后、今日からの天皇陛下と皇后さま、皇室の方々や一連の儀式を見てそう思いました。
ありがとうございます。

2019年4月29日月曜日

吉野直子 ハープ:近江の春びわ湖クラシック音楽祭2019


滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
吉野直子:ハープ

オープニングのあと一つ目の公演。
薄暗いホールに入ると舞台に置かれた大きなハープに目が奪われました。
凛とした美しさ。黄色いスポットライトがよく似合う。

そして一曲目。
ドビュッシー:月の光
一音目でノックアウト。
一音目、こんな 月の光 初めて聴いた。
一音目で涙。
これはハープが原曲だったのかと思ったよ。

例えば海外の一流モデルのような美しすぎる人を前にすると緊張してしまうような、そんなふうに心が緊張した。
私はこの美しすぎる音、旋律に自分を恥じたの・・・?

もうほんとうに 美しい という言葉を超えた美しすぎる音、旋律。
自分を恥じるかのように緊張を感じた私は次に・・・寝た・・・

ときどきうっすらと覚醒しては「いけない…」って思うんだけど抗えず…
2曲目の途中以降、寝てしまった私だけど素晴らしく美しい時間だったことはぜったい確か。

終演後、同行者に「これ癖になるよ。今日はもうなに聴いても寝るよ(笑)」って言われて心配したんだけど他の公演は全部ちゃんと起きてました。ホッ。

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「平成を振り返る…」的なテレビ番組を見ていて・・・
全てがついこの間のように思える。
辛く悲しく楽しく過ごした私の青春時代だったんだなあと改めて。
さて次は・・

2019年4月27日土曜日

オープニング:近江の春びわ湖クラシック音楽祭



滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール メインロビー

ファンファーレ:京都市交響楽団
ソプラノ:中島康子、ピアノ:沼尻竜典

二年ぶりの音楽祭。
ずっとたのしみにしていた ラ・フォルジュルネ がなくなったのが一昨年。
去年から別の名前で始まってたけど魅かれるプログラムがなかったから行かなかった。
今年も「一応…」と思ってみたホームページで思いがけず素敵な公演の数々に急いでチケット購入。
チケット発売後一週間後だったけど既に売り切れのものもあって出遅れた感いっぱい・・・
人気のものは残席も少なく、今回聴いた5公演は全部同じような席でした。
いい席だったから良かったんだけど。

調べてみると日本中でやってた ラ・フォルジュルネ も今は東京だけのよう。
発祥のフランスでは黒字になるまで8年かかったとか、発足時のプログラムの組み方の拘りも続けるのが困難で途中から曖昧なものになったとか…
そして日本各地での開催も、金銭面/テーマなどで主催者と折り合いがつかなくなっていたとか云々。
真偽はわからないけど、難しいものなんだなあと、私がやっている比べ物にならないほどの極小企画に思いを巡らせたりして・・・

ともあれ、大津市が名前を変えても音楽祭をやってくれていることに感謝。
出演する音楽家たちも普段より安いギャラでの演奏なのかな?
なんにせよ感謝。

続けることが大事なんだと自分自身のことにもおきかえて。

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寒い寒い一日でした。
湖畔の歩道では強い風に枯れ葉が渦を巻いていてまるで冬のよう。
それでも広い空と広い湖に心も広くなったかもね。