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2018年1月7日日曜日
小原孝ニューイヤーコンサート
素敵なピアノ演奏を近くで聴いてみたいなあって思って行ってきました。
特にピアノの粒を感じてみたかった。
プロのピアニストが本気で演奏するピアノだけの演奏会っていうのにも行ってみたかったし。
いや…もう…粒を感じるどころか…もう…もう…もう、なんて素敵!!!
アベマリアの最初の小さな小さな一音のなんて美しいこと!
いやいや、小さな音が美しいのは他の曲も全部。
ほんとにほんとになんて美しい音なんでしょう!
そしていつの間にか大きな響きになってる。
いつの間にクレッシェンドしたんだろう?
大きな音がこんなにも品がいいなんて。
メロディの移り変わり、音の移り変わり全ていつの間にか…
胸が苦しいことに気がついたけど、音楽が胸を締めつけられたからなのか、息をするのを忘れてたからなのか…
もう本当に音楽に心を奪われた時間でした。
女性の素敵な音楽は心が開放されて、男性の素敵な演奏には怖いくらいに圧倒されるって思っているんだけど、今回もほんとうにほんとうに!!
アンコールはラベルのボレロでした。
ピアノ一台で。一人で。
どんな風になるんだろうと思ったけど、一人でやるボレロのなんて芯が通ってること!
一本の線がピーンと通ってる。
一人のボレロありやん!!
弾かはる前に
「ボレロのリズムは子ども達の未来への足音です。皆さんの一年が素敵な年になるよう願って弾きます」って。
"子ども達の未来への足音"
そういうものだったのか!?
聴いてたらほんとに明るい未来が来るような気がしたよ。
聴いてるうちに去年の秋ごろから抱えてる懸念事項にも自分の取るべき姿勢が定まってきた。
音楽を聴いてこんな風に思うなんてほんとにあるんだ…
ありたい自分である為には…正解はわからないけどスッと背筋が伸びる気がしたよ。
ありがとう。
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ピアノとサックスでは音の出る原理が違うけど…
大きな音でも品よくするには…、音が聴こえてる間は最後までその響きに責任を持たなくちゃ。
ピアノを打鍵したあとの響きもコントロールされてる感じ。
ピアノでそんな事ができるのか、できるならどうするのか分からないけどサックスは出来る!出来るんだからやらなくちゃ。
野放図に響かせないでコンパクトに。
そしてなぜ大きく響かせるのか、どうしてクレッシェンドするのか。
考えてるつもりだけどまだまだ足りない。
時々、クレッシェンドし過ぎて自分でもびっくりするような音になったり、どれくらいのフォルテにすればいいのかピアノにすればいいのか分からなくなったりするのは考えきれてないからダ。
考えてるつもりでも、結局納得いく答えがないままとりあえずやっちゃってる事が多いじゃないか。
良く知ってる曲ばかりの演奏会。
でもどれも今まで聴いたことのないような素晴らしさ。
音が美しい、どの場面のどの音も存在感と意味がある。
出す音をコントロールしなくちゃ。気を抜かない。
考え抜かなきゃ。いい加減にしてほっておかない。
自分の事を思うと野放図という言葉がピッタリだワ。
"ずうずうしい" "横柄な" "程度に際限がない" "しまりがない"
いやあ!
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