このブログを検索

2015年9月12日土曜日

大阪クラシック2015

チェロとコントラバスのデュオ。
本町ガーデンシティ。

プログラムの曲も、アンコールのハードロック(曲名…?)も、どれも素敵でした。
アンサンブルは、それぞれの音がお互いに寄りそう・・・っていうよりこの頃は、肉薄してるくらいの感じが好き。
で、それだとやっぱりその楽器のために作られた曲の方がそうなりやすいのかなあ…ってこの間のコンサートに続いて今日もそんなこと思った。

さてさて。
毎年いくつもの公演を聴いてた大阪クラシックだけど今年はこれだけ。
なんかね、ひと多いだろうなあ…って億劫になっちゃって…
平日で行ってみたいプログラムをピックアップしたら、どれも割と早い時間で。
仕事終わりで頑張れば間に合わない事もないんだけど、ギリギリの到着だと後ろの方で人の背中を見ながらってことになる。
もしくは、遠ーくの高ーい所からとか。
で、思ったの。
もしかして私は大阪クラシックを卒業なんじゃないかなって…
こういうイベントの主旨って「クラシック音楽を身近に気軽に」っていうもので、それはたぶん普段クラシック音楽を身近に感じてない人たちに向けてのものだろうし。

無料で珍しい編成の音楽が聴けるのがうれしいイベントだけど、わたしはそろそろお金を払った方がいいんじゃないと・・・
そんなことも思ったよ。

2015年9月11日金曜日

サクソフォン四重奏による室内楽の夕べ

阿倍野区民センター 小ホール阿倍野区民ホール
グループ名:Chamber Sax

ホールに到着したのは1曲目が始まってから。
案内されて “親子室” へ。
このホールに限らず私にとって初体験。
舞台正面、一番後ろのガラス張りの部屋。
音は頭上のスピーカーから。
遮るものなく舞台の演奏者が見えて、スピーカーの音もなかなか快適。
空気が違うからか臨場感は客席に比べると少ないけど、このままここでもいいかも…なんて思ってると曲が終わって客席へ移動。
正面後ろから2番目。
よく響くホールだから後ろの席でも安心だワって思いつつ。

コンチェルトみたいに感じた1部が終わって2部が始まると、それまで感じてたコンチェルト風な感じが少し薄くなって、最後のグラズノフでは4つの楽器がしっかりミックス。

もともとサックスのために作られた曲とそうじゃないものの違いってこういうことなのかな?
それともアレンジのしかた?
そもそもそういう曲?
もしかして、近くの席で聴いてたら聴こえ方が違った?

室内楽は室内で聴くのがいちばんって思ってたりするんだけど、グラズノフは違和感なかった。
サックスって “そういう” 音なのか…?

レクチャーコンサートみたいだなあって思ってたらアンコールは “アヴェ・ヴェルム・コルプス”
あれ?これもコンチェエルトみたいじゃない…合唱曲だからかな?
最後に大好きな曲が聴けてまた歌を始めたくなったよ。

2015年9月7日月曜日

マグリット展

京都市美術館
最初の部屋の絵は、力強くてのびやかな線。
ずっと見てても飽きない線。
絵のアイデアも、心の中に湧いたことをストレートに描いた感じ。
その思いも瑞々しい。

次の部屋、次の部屋・・・年代が進むとなんだかおもしろくない・・・
もしかしてしんどい?苦労してる?
考えるのも描くのもムリヤリ??

次の部屋、次の部屋・・・年代が進むとなんだかおもしろくない・・・
もしかしてしんどい?苦労してる?
考えるのも描くのもムリヤリ??
絵の横の哲学的な説明が空々しい。無理やりな感じ。
翻訳のせいかとも思ったけど、絵もおもしろくない。

最後の方の部屋の入り口に「50代を過ぎてから30年代のやり方に戻った・・・」っていう説明書き。
30年代っていうのは、彼が30代の頃のこと。30代前半かな?

“30年代のやり方”っていうのを私がイマイチわかってないのが残念だけど、面白さが戻ってきたのはわかる!
不思議な世界観もムリヤリな感じはしない。

もしかして40代っていうのはツラい年代なのか??
でもその先は楽なんだね。よかった。
30代に頑張って40代に試行錯誤したひと限定な気もするけど。
で、50代で光明が見えたら人生間違ってなかったって思えるかもね。
その先も楽しそう。

全体通して、おんなの人の身体はきれいだなあって。
あの曲線はほんとにきれいで魅力的。
私もおんななんだけどなあ。あんな風にきれいな曲線を持ってるのかなあ?
おんなでも、全員がきれいとは限らないかなあ?
年齢も制限されるのかなあ?
どんな年齢でも、どんな体型でもおんなの人はきれいだよって証明してるものないかな。

マグリット、大体知ってるつもりでいたけど、初めて観たのもあって盛りだくさん。


*下の写真は最近のテレビニュースから。
色合いに「おおっ」って思って。
最初の一瞬はカラフルさがキレイに見えた気がしたんだけど、よく見るとキッチュとはこのことかじゃないかと。
どこかの国の、ゴミ捨て場と化してる川の映像を見たことがあってそれを思い出したよ。
・・・揶揄するつもりはない・・・



2015年8月29日土曜日

わが母の記

テレビの録画
いい映画!

昭和中頃の娘たちのシンプルな服装がいい。
おばあちゃんのお誕生会をやったホテルの雰囲気がいい。
家族が住んでる東京の家も、おばあちゃんが住んでるいなかの家の感じもいい。

お盆に両親と過ごしたばっかりだったから、よけいにグッときたのかな。

年をとって呆けていくときに憶えてることと忘れることの違いはなんだろう?
わたしは何を憶えてて何を忘れるんだろう・・・

2015年8月28日金曜日

パルムの僧院

長年…もう本当に長いあいだ本棚の風景になってた本。
読んだのか読んでないのかわからなくて。
憶えてないんだから読んでないのと同じこと、と思って読みました。

中学生くらいで読む本だと思うんだけど、10代前半の少女たちはどういう感想を持つんだろう。
もし読んでたのなら、その頃のわたしはどう思ったんだろう。

今のわたしには現実離れしたおとぎ話のような…というより現実的な社会性のないレンアイモノに心が動かない…
若いファブリスの苦悩にまったく共感できない…あたりまえか…

……他の登場人物にもまったく共感できなかったって書こうとして…考えが変わった!
読んでるあいだは「フンッ」って感じだった気がするんだけど、読み終わって感想を書こうとしたいま、本当にそうなのか、と。

30代、物語の最後には40歳代だった夫人の、息子のような年齢のファブリスに対する思い。
恋の相手にパワーを出し尽くして。
頭が良くて、よく気が利いて。でも時々、仕事や対人関係で失敗して。
激しく思う恋の相手はいるけど、穏やかな愛をくれる相手も持っていて。

50代、物語の最後には60歳代だった伯爵の、夫人に対する思い。
分別がある大人の男の人。
揺るぎなく持ち続ける夫人への愛は、わたしが憧れるもの。
夫人への思いから、ときどき公私混同しちゃうのも愛らしい。

年寄りにばっかり共感してる訳じゃない。
クレリアの無茶な行動も、わたしには憶えがある!
あー、かつての自分を忘れてた!

その頃が懐かしいとか戻りたいっていうんじゃないんだけどね。
昔は昔。今は今。
ただ思い出しちゃったら、バカバカしいなんて言えないなあって。

読んでる最中と、読み終わって感想を書こうとした時とで心の中が変わりましたってコト。
…じゃなくて、感想文を書くのって大事だってコトかな?

2015年8月24日月曜日

Glory

邦題:グローリー
テレビの録画

花火大会のとき、花火が上がるときの音、上がって花開く瞬間の音、なんとなーくうっすらと思ってたけど爆弾の音に似てる。
戦争の音はニュースや映画でしかしらないけど。

近くにいるとちょっと煙たかったり煙のにおいがしたりもするし。

こういう連想で楽しい花火大会が一気に野蛮なものに変身。
日本の8月は重い。




2015年8月22日土曜日

2015年 夏休み














上越。
初めての土地でした。
スキーでもここまではこなかった。東京からは近いみたいだけど。








新しい発見のひとつは、高山植物が可愛いと思えたこと。
山歩きをするようになって3年程になるけど、ずっと雑草にしか思えなくて。
あまりにも小さくて、ぽつんとしてて、地味で。
ところがところが、なぜか今年は “なんか、かわいい” って思ったよ。
そしたら、“ああ、こういうことか”って高山植物が好きな人の気持ちがわかった気がした。
生い茂った草むら、ごつごつした岩のかげ、そんなところに “ふっ” って感じで目に入る小さな
花・・・「かわいい・・・可憐だわ・・・」










ぐずぐずしたお天気が続いたのであんまりきれいな写真は撮れなかったけど秋じゃないけど夏は終わったみたいな山でした。
お盆過ぎにしか行ったことないから、いつか夏の初めの山も感じてみたいなあ。











三国街道、塩沢宿。
国の援助を受けての町おこしはずいぶんお金がかかっている感じ。
整い過ぎた町並みは「うーん・・・」って感じだけど、町の人たちのおもてなし感と町に対する熱い気持ちをたくさん感じました。


日本海にもちょっと寄り道しました。
こじんまりした鯨波のビーチは人もまばら。
北朝鮮の工作船が現れたのはどのへんだろう…とか、原発とか…そんなことに思いを馳せながら何年ぶりでしょうっていう日本海でピチャピチャ。
海岸に近い駅がいくつかあって、全部の駅とビーチに行ってみたくなったよ。

温泉にも入って、お酒の呑み比べもした!
もっともっと年を取ってからものんびり旅ができるといいな。