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2019年12月28日土曜日

カラヴァッジョ展



あべのハルカス美術館

派手な宣伝画像につられて楽しみにしていた展覧会。
雨上がりにエレベーターで高層階に上がったら虹が見えてちょっとうれしい。
今年最初で最後に見た虹。

そして展覧会・・・怖い・・・。
犯罪現場、それも殺人現場の絵ばっかり・・・旧約聖書って怖い・・・。
描かれている光と同じ方向から見ると怖さ倍増。

こんなシーンを多く抜き出して、こんなリアルに描くなんて・・・
でも紙幣の顔になってたこともあるカラヴァッジョはイタリア人に愛されていたっていう説明書き。へーー。

女性の艶やかな肌感は写真加工アプリに取り入れてもいいかもね "カラヴァッジョ風"って。
マットな質感でファムファタルを演出したい人は "カラヴァッジョ風" プライドの高い攻めの姿勢の人にお勧め。
プライドは高く保ちたいけど、野心的にいくより受け身でいたいって人は "レンブラント風" いずれも年齢層高めがターゲット。
もっと若い人には、パウダリーな質感の "ルノワール風" で。

一番好きな絵は、入口近くにあった大きな静物画でした。
飽きずにずっと見てられたよ。

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美術館のビルと駅の間の通路に派手にデコレートした小さなピアノがありました。
テレビでやってる 空港ピアノ・駅ピアノの阿倍野ハルカス編。
通りがかった時は中学生くらいの女の子が何やら流暢に弾いたはった。
それほど人も多くなかったから、私も・・・って思ったけど・・・ダメだ。
テレビで見ていたときは「こんなのがあったらゼッタイ私も弾きたい」って思ってたけど、いやいやこれは勇気がいる!
衒いなく気軽にピアノの前に座って弾き始めることができるって、なんて羨ましい。

なんとなく思うんだけどこれって世代によって感覚が違う気がする。
私が子どものころは私だけじゃなくて周りも、こういうことに積極的な子どもっていなかった気がするんだけど、今はへっちゃらな子が多いねー。いいことだ!

2019年12月22日日曜日

Beaches



邦題:フォーエバー・フレンズ
1988年の映画。
30年も前だけど、画像はともかく映る画を古いと思わないのは私自身がよく知ってる時代だから?
どちらの女性にも、どのシーンにも自分を重ね合わせられました。
甘く切ないとはこのこと。

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ずっと気になっていたけど駅から遠いから行けてなかった"業務スーパー"。
ふと思い立って行ってみたら…ほんとに安い!
「なによー」って言うくらい安い!
「なによー」って言うのは普段行ってるスーパーに対して。
世の中にフツーのスーパーっていらんのちゃう??
"業務スーパー"と"高級スーパー"のどっちかでいいと思う!

赤松林太郎Christmas Live 2019

座った席がそういう場所だったのかもしれないけれど、響きが抑制されてそのぶん一粒一粒がとてもクリアに聴こえる気がした。
本当に丸い粒が目に見えるよう。
そしてその丸さったら!
なめらかな丸で、どこも角ばってなく、歪みもなく本当に本当に丸い一粒一粒。
「ああ、ピアノの音ってこういう音なのか」って思ったよ。

音楽会のテーマは"愛"だとか。
"愛"の色、"赤" が多く使われた会場だったけれど、数週間前から心の底にあった闇を引きずり出して反芻している私としてはちょっと異見が…
すぐに思いついた"愛"の色は…"黒"…ウーン、闇っぽい。
自分の近くにあった"愛"を時間の経過後"黒色"だと認識してしまう悲しさ・・・
常軌を逸した心がざわつくような"黄"もあるだろう。
深く穏やかな"群青"の"愛"や、平和な"緑"の"愛"もある。
ほっこり懐かしく優しい"薄紫"の"愛"もいいなあ。
飾ってある鮮紅のバラと添えられた白いカスミソウをぼんやり見ていたら「只ならぬ深い意味があるゾ」って思えてきた。

シューマンとクララの愛のお話しも興味深く楽しかった。

アンコールはショパンの革命。
アマチュアの演奏をよく聴くから知ってるつもりになっていたけど、やっぱり今
今日は全然違ったよ!
全部の音がクリアに聴こえるってなんて素晴らしい!
知らなかった音がいっぱい聴こえた。
「ああ、そうか、音楽ってそうやって立体的に組み立てていくものなのか」って思ったよ。
たくさんの音の粒が次から次に湧き出てくる感じ。これが音楽か!

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今年は例年になく街路樹の黄色い落ち葉が目についた。
御堂筋通りもウチの近所も。
掃いても掃いても追いつかないのか歩道がまさに絨毯みたいにふかふか。
目も足裏の感触もたくさん楽しませてもらったけど、それももうそろそろ終わりかな。
素敵な季節をありがとう。

2019年12月14日土曜日

音楽大学公開卒業試験

ピアノの試験を聴きに行ってきました。
初めての体験。
きっかけは知り合いの学生さんが4回生だから。

皆さん、衣装も髪型もココ一番の気合ぶり。
そして、学生生活最後の試験が数分の演奏だなんて、なんて過酷なんだろう。

小学生の演奏、中学生の、高校生の、音大生の、アマチュアの大人、プロの・・・もちろん個々人の違いはあるけど、それぞれに特徴があるなあって思う。
音大生は、高校生ではない、でもプロというには初々しすぎる、子どもじゃないけど大人というにはあともう一息。
良し悪しではなく、その時・その年齢にしかできない演奏があるんだなあと感慨深くおもしろい。

私もみんなも、自分のことは分からないけど人の変化/成長を見続けられるのって嬉しく楽しいことだなあとも。
彼らの先生たちはどんな事を思いながら生徒の演奏を聴いていたんだろう。・・・っていうか、審査してるはずの先生方ってどこに座ったはったんやろ??


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少額だけどボランティアで毎月お金を送っていました。
東南アジアの施設にいる少年に。
少し前に無事、義務教育を修了して日本食レストランで働きだしたとか。
私のボランティアも終わり。

イターネットで調べると彼の国に和食店はたくさんあるけれど日本人が経営しているお店は少ないんだとか。
彼が働いているのはどんなお店なんだろう?
日本人がいるのかな?
そこでずっと働いていつか自分でお店を出すまでになるんだろうか?
それともお金を貯めて学校に行く?
もしくは別の仕事に変わるのかな?

お給料をもらったらスマートフォンも手にするだろう。
故郷の親族との繋がりは今もあるのかな?
もしなかったら・・・これから独りで生きて行かなきゃいけないんだ・・・私と同じように・・・たくさんの幸あれ!

2019年12月10日火曜日

ミ・ベモル 第35回定期演奏会:30周年記念 大阪演奏会

いずみホール

弦楽セレナーデ10年ほど前に初めてミ・ベモルを聴いたときのプログラム最後の曲。
聞くところによるとこれはミ・ベモル節目の年に演奏する事が多いそう。
ということは、あれは20周年記念演奏会だったのかな。
終演後、離れた席で聴いていた友人と顔を合わせたら彼女の眼も真っ赤で二人で照れ笑いしたことを思い出す。

今回も泣く気満々で行ったんだけど・・・寝たzzz
もうね、あれはサクソフォンじゃないネ。
フツーに弦楽合奏じゃないか・・・いや、違う。
これがサクソフォンなんだ。
これがあるべき姿なんだ。きっと。
簡単にいろんな音が出せて、その状態でジャズやらポップスやら現代音楽なんかを吹き散らかすから、大音量の吹奏楽団の中に混じるから、あるべき音を見失ってしまってたんだ。
だから ミ・ベモル が唯一のものすごく特別なものに思えるんだ。

私も緻密に、集中して、知的に音楽をしたい。

そして、しっかり起きて聴いてたブラームスの美しく重厚な音楽に感動。
ミ・ベモルの音と雲井先生の音が溶け合ったこともなんだか嬉しかったよ。

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来年(2020年)のカレンダーを眺めていて気がついた。
土曜日に祝日がない!
損した気分になる土曜日の祝日がないなんて、なんて素敵。

楽しみに観ていたドラマ[BABYLON BERLIN]最終回の二話を録画してなかった・・・
再放送もない模様・・・ショック。
見逃し配信がないか探しているときに知ったけど、これってシーズン2があるのね。
シーズン2が始まる前に1の再放送もしないかなあ。
っていうか、2はいつやるんやろ?
  

2019年11月26日火曜日

ラファエル前派の軌跡展


あべのハルカス美術館

展覧会1枚目のターナーから魅入られる。
なんて美しく悲しい絵なんだろう。
二十歳の頃にターナー展に行ったときのことを思い出したよ。
一人で行ったけど、数日後に同じように鑑賞してきたという友だちと絵についておしゃべりした記憶。
彼女が「小さなイルカがたくさん描かかれた絵が好きだった」って言ったことを覚えてる。
彼女はいまどうしてるんだろう?
思えばあの頃はとても感性知性豊かな人たちと接していた気がする。
今よりずっと・・・。
・・・ということは私自身が劣化してるということか・・・

もとい、
たくさんの小さな習作の線一本一本に画家のリアルを見て心がざわつき、
ロセッティの描くジェーン・モリスがモデルの眼に恐怖を感じ、
イギリスの子どもたちの紅い頬っぺたに私の頬っぺたも緩んだ。

最後の部屋の工芸品たちに、中之島でやってる別の美術展への欲求を誘われ、
出口にあるたくさんの美術展のチラシに眼を奪われた。
今回のを含めて、最近の美術展のチラシはなんて魅力的なんでしょう。

そして、ウィリアム・モリスのペーパーブックを全部買占めたい欲望を抑えつつ預けた荷物をピックアップ。
欲しいものは後先考えず全て手に入れていた若い頃をこれまた懐かしみつつ。

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少し前に名古屋であった[表現の不自由展]っていうのがニュースになってたけど・・・
IMO…表現の自由っていうのは、表現する"テーマ"は自由だよっていうことじゃないかと思うよ。
どんなことに対しても、自分の考えを表現/表明するのに制限は受けないよって。
でもだからといって "どんな手段でもいい" っていうワケじゃない。
「これが自分の表現方法だ!」って言っても
殺しちゃいけないし、暴力をふるっちゃいけないし、侮辱しちゃいけないし、誹謗中傷しちゃいけないし、盗っちゃいけないし、騙しちゃいけないし、傷つけちゃいけないし(心も物も)・・・ここまではぜったいしちゃいけないこと。

そして大人としては
マナーを守って、どんな人も尊重(異なる意見の人も。例えばテーマとする対象人物に対しても)する姿勢がとてもだいじだと思う。

加えて、プロの表現者(芸術家)としては
繊細さと深みがほしい。

私が酷いと思ったのは昭和天皇を題材にしたもの。
特定の個人を(故人でも)直接的表現で侮辱し攻撃するのは間違ってる。
ご家族(皇室の方々)のこともみんな知ってる。
20代の女性(内親王の方々)や中高校生の親族(親王と内親王)も、ニュースでご存知だろう。
これは、表現じゃなくて単なる"暴力"。

テレビで見た鑑賞者と芸術家の討論会では双方ともにお互いの言葉を理解しようとして聴いている様子や、言葉を選んで丁寧に発言しているのがよくわかった。
これはお互いを尊重しマナーに則った言論表現。
でも実際の作品は対象を尊重しているようには思えない。
ただ暴力的。

「作品にはいろんな見方がある」っていう製作者の発言があったけど・・・
[慰安婦像]の作品は見る人によっていろんな見方があるだろうとは思う。
でも昭和天皇を題材にした作品にそれはある??

私の音楽の先生は「表現の幅を広げる」って言う言葉をよく使わはるよ。
ただ大きい音を出せば/小さい音にすればいいっていうワケじゃない。
ただ明るい音/暗い音を出せばいいワケじゃない。

暗いけど前向き。明るいのに悲しい。

人はみんな表現者。芸術家はそのプロ。
プロの繊細さと深みを見せて!

2019年11月12日火曜日

雲井雅人サクソフォーンリサイタル大阪公演

島之内教会

雲井雅人サクソフォーンリサイタル大阪公演島之内教会
雲井先生が楽器を変えはったのを初めて知った。
ビュッフェ・クランポン Senzo
ピンク・・・真っピンク・・・なんかちょっと、いや大いに衝撃・・・
リガチャーはシルバーだったような・・・違うかな?

満席の礼拝堂に豊かな音が満ち満ちた時間は特別ではなく、とても自然な時間だったように思えたよ。
これは音楽と先生が自然だったからじゃなかろうか・・・

中でも「うわあ…」って思ったのはボザのアリア。
歌手の歌が声が聴こえたよ。
本当に歌のようだった。
ああ、私もあんな風に吹いてみたい!

初めて聴いた京都のサクソフォン奏者 日下部さんとのアンサンブルもとても素敵。
登場しはったときには
「この先生の音に合わせるなんて・・・できるのか!?」
なんて勝手に心配してしまった失礼千万な心持ちだったことを深く反省して、心からの大きい拍手を送った本当に楽しく素敵な音楽でした。

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御堂筋のイルミネーションが始まって、夜でもまだそれほど寒くない今はてくてく歩くのが楽しい季節。
平日も休日も毎日一駅から二駅、イルミネーションの下をてくてく。
清々しくて楽しくてやさしい気持ちになれてとってもいい気分。
みんな誰かと一緒で、独りで歩いている人は殆どいないっていうことに気がついてもね!
銀杏の黄葉が待ち遠しいワ。